2024年05月29日

「スパイ天国」汚名返上できるか、セキュリティ・クリアランス
日本では最高10年懲役、外国では「死刑」も

中島コラム4

今国会で成立した日本の将来を決めるような重要法案がある。
「重要経済安保情報保護・活用法案」。「経済安全保障分野のセキュリティ・クリアランス法案」と言った方が分かりやすい。セキュリティ・クリアランス制度は「安全保障などに関わる機密情報にアクセスできる資格者を政府が認定する制度」のことで、すでに2014年成立の特定秘密保護法に同制度が導入されている。これを経済安全保障分野に広げるものだ。
連休明け、スピード審議で成立、日本もようやく国際社会で歩調を合わせることができる。

セキュリティ・クリアランスとは?

       
セキュリティ・クリアランスは行政機関の長などが指定する特定秘密を扱う公務員や一部の民間事業者のうち、本人同意の上で行政機関の長が調査と適正評価を行い、適格とされた者に「特定秘密へのアクセス権限」を付与している。ただ、特定秘密保護法では、その範囲を防衛、外交、特定有害活動(スパイ行為等)の防止、テロリズムの防止の4分野に限定していた。2022年末時点で日本ではセキュリティ・クリアランス保有者は13万2567人で公務員が97%、民間人3%の割合で、圧倒的に公務員に偏っている。

価値観を共有する国家間での安全保障上の機密情報についても、特定秘密保護法制定以前は日本の機密保護体制が甘いとして、情報共有のグループに入れてもらえなかった。同法の成立後はスムーズな情報共有が可能になったと言われる。
その後、重要資源のサプライチェーンや量子技術など、経済・技術分野でも国家の安全保障に重大な影響を与える機密が増大し、欧米では保護すべき機密について拡大、経済・技術分野も含めるようになった。経済・技術の機密情報を保有するのは民間企業の比重が大きい。特定秘密保護法ではカバーしきれず、日本でも経済・技術情報の一部を重要機密に指定し、取り扱える者の適格評価をする必要が出てきている。

産業間の重要物資のサプライチェーン情報や量子技術などの先端分野の技術情報などでは圧倒的に民間の比重が大きいのである。セキュリティ・クリアランスが厳格な欧米の企業は日本の企業との協力に際し、その機密保護の脆弱な仕組みに信頼をおけず、交渉が行き詰まるケースが増加しているそうだ。価値観を共有する国同士でも、政府間で信頼し合える水準の制度がなければ民間の協力は進展しない。米国ではセキュリティ・クリアランスの保有者は約400万人、その30%の120万人程度が民間人だそうだ。

スパイ行為に対する日本の対応

       
国家の安全を脅かすような機密情報の窃取や漏洩、外国への流出などのスパイ行為は本来なら「国家反逆」の重罪に相当する。公正な裁判を経てだが、米国では最高では死刑の規定がある重大犯罪である。専制国家ならば公正な裁判さえ行わずに処刑するような安全保障上の危険行為なのである。

しかし、戦後、日本にはスパイについて取締法規がなかった。価値観を共有しない国家のスパイ工作を捜索してもスパイ罪では逮捕できず、出入国管理法、外国為替管理法、旅券法、外国人登録法違反、窃盗罪、建造物進入などの刑の軽い特別法や一般刑法など、周辺の微罪を総動員して立件するのがやっとで、判決が出ても執行猶予付きか国外追放で終わるケースが多かった。日本はスパイ活動し放題のスパイ天国だった。元国家安全保障局長の北村滋氏の話題の書「外事警察秘録」にはその切歯扼腕ぶりと秘密保護法制定の苦労がよく描かれている。

2014年にようやく成立した特定秘密保護法では、強固な法案反対派に配慮したのか「十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金」という処罰規定があるだけだが、それでもセキュリティ・クリアランス制度の経済・技術分野への拡大は、外国政府や企業には「大きな前進」と移り、日本の国際的地位が高まることは確かだ。

参議院での承認を得て法案は成立したが、具体的な分野の特定や適格性評価の方法、処罰規定の整備などはこれからの作業で、有識者会議を発足させて審議する。日本を信頼できる国にするための制度整備を急いでもらいたい。

プライバシー vs セキュリティ?

       
以前の特定秘密保護法制定の際と同様、適性評価は「家族の国籍、犯罪歴、精神疾患、飲酒の節度、借金まで調べる」とされ、プライバシーに踏み込む人権侵害の危険があるとして反対する意見も依然として多い。市民全員を調べるというのではなく、国家の安全にかかわる業務に携わる者に限定し、調査に同意した者だけの適格性を評価する、と制約を設けているのだが、反対する人たちの論理は別の価値観から来ているようにも思える。

しかし、罰則を設けても日本では実際に処罰をしないケースもある。個人情報保護法では珍しく(?)摘発例が多いが、J-SOXと呼ばれた内部統制にかかわる会社規定では処罰例はさっぱり聞こえて来ない。SOX法の母国、米国では適用が始まってからすぐ、内部統制違反があるのに気が付かず、報告書に同意署名したCEOやCFOが多数、摘発され、刑務所に送られるというニュースがあったが、日本では皆無なのではないか。その後の企業の不祥事に際してもJ-SOX法の適用はなかったように思う。

セキュリティ・クリアランス制度は国家の安全保障にかかわる重大な事案に関連したものだ。ぜひ厳格に対応し、日本の「スパイ天国」の汚名を返上してもらいたい。

中島洋の「セキュリティの新常識」コラムは、こちら

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